“五十音表”で宝探し

『五十音表』が目の前にあった。

 

『五十音表』を見れば、

「あ」の行は「い・う・え・お」。

そうだ。

「お」は“あ行”だ。

 

「岡です。」の最初の「お」は、

“あ行”にあった。

 

(よーし、いいぞ)

 

これで“iPhone”が使いこなせる。

そう思った。

 

次は「か」。

これは最初の“10文字”のひとつ。

いわば“表紙”の1文字。

最初から見えている。

だから『五十音表』は要らない。

 

次は「で」だ。

「で」は・・・。

 

私の目は走り始めた。

『五十音表』。

最初から見る。

最後まで見る。

 

見つからない。

 

もう一度、見る。

最初から最後まで見る。

見当たらない。

 

(えっ。どういうことだ)

 

「で」は、なかった。

『五十音表』には、なかった。

(って、あるわけない!)

 

「て」だ。

「で」は「て」に点々だ。

そこに気づくのにしばらくかかった。

(これも『濁音』の問題・・・?)

 

 

しかし・・・

今度は「て」そのものが見つからない。

 

『五十音表』を見た。

「た・ち・つ・て・と」の列も見た。

何度も見た。

だけどスルーしてしまうのだ。

 

 

『五十音表』は、万能ではなかった。

スイスイと、“iPhone”で文字が打てるというわけにはいかなかった。

 

スルーしてしまう文字は、

改めて一文字、一文字、ていねいに見る。

 

日本語の文字はすべて『五十音表』のなかにある(はずだ)。

だから探している文字は、必ずその中にある(はずだ)。

そんな確信をもって探す。

ていねいに探す。

するとようやく見えてくるのだ。

たとえば「て」が。

 

あった!

 

それは大きな喜びだ。

なにやら宝さがしのような感激。

 

だけどそれで“iPhone”の文字が打てるわけではない。

 

見つけたら、

『五十音表』でその列の最初の文字、

今回は「た」に行き着く。

“iPhone”が登場するのはそれからだ。

 

「た」を押す。

2回、3回、4回。

するとようやく「て」が出てくる。

同時に「て」の下に

ずらりと「て」で始まる文字の候補が出てくる。

その中から「で」を探す・・・。

 

ふー。

 

 

 

しかしなぜスルーしてしまうのだろう。

「て」は、なぜ見つからないのか。

『五十音表』に書いてあるのに、なぜ?

 

 

『五十音表』は、

『五十音表』だからこそスルーしてしまうのではないだろうか。

なぜなら子どものころから見慣れ、見飽きているから。

 

最初の音、

たとえば「あ」だとすると、

「い・う・え・お」と出てくる。

 

失語症でも、

『五十音表』が目の前にあれば出てくる。

簡単に出てくる。

だから逆にわからないのだ。

 

うーん。

もっとわかりやすく言おう。

 

『五十音表』がない場合。

失語症の私には、

“iPhone”の最初の“10文字”以外

まったく見当がつかない。

 

たとえば「あ」以降の文字は、ちんぷんかんぷん。

「か」も、「さ」も、「た」以降も。

とにかく“10文字”以降の各列は、ちんぷんかんぷん。

つまり文字はまったく打てないのだ。

 

しかし『五十音表』が手元にあると、

“10文字”以降の各列に文字が並んでいる。

それは“失語症”の私にとってはありがたい。

 

ただ、

その並びは、ずいぶん馴染みのある“列”だ。

小学生のころから何度その文字列を見たことか。

 

馴染みがありすぎるから、

その文字列を真剣には見ていない。

一文字、一文字、まともに見てはいない。

つまりはスルー。

 

それでも多くの人は言えるだろう。

「お」は“あ”の列。

「て」は“た”の列。

 

いや列なんか考える前に、

「お」といえば「あ」を押し始める。

「て」を出すために「た」を押し始める。

それはほとんど無意識だ。

 

しかし、私は違った。

 

『五十音表』を手元において、目を凝らす。

一文字、一文字、追っていく。

見つけては(あった!)と感激する。

 

でも、

それもすべては『五十音表』あってのことだ。

『五十音表』がなければ、

私の“iPhone”は機能しなかった。

 

 

 

『五十音表』が手渡されたのが

2016年(平成28年)12月30日。

その日、私が“ライン”で打てたのは、

「ほんとにありがとう」。

 

かなりの時間をかけて、そう打った。

それだけしか打てなかった。

それはお見舞いに来てくれた同僚に対する、感謝のことばだった。

 

        ●

 

さて、年が明けようとしていた。

病院では正月も(!)、

相変わらずリハビリの日常がつづけられる。

 

ちなみに“1月1日”の予定は・・・

 

9:20〜10:20

作業療法士のEさんによるリハビリ(主に手の機能回復)。

 

11:00〜12:00

言語聴覚療法士のUさん(まさに言語)。

 

14:00〜15:00

理学療法士のHさん(立って、歩く、足のリハビリ)。

 

こうして年末も年始も、リハビリはつづく。

大晦日も正月も・・・。

1日の休みもなくつづく。

 

それが『原宿リハビリテーション病院』のシステム。

 

だとしてもスタッフ、である。

大晦日も正月も出てくる。

当たり前に出社する。

正月くらい・・・なんてことは通用しない。

 

もちろん患者にとってはありがたい。

病状に休みはないのだ。

だけどリハビリの先生方は?

看護師さんは?

病院のスタッフは?

そして食事をつくってくれる業者の方々・・・。

 

関わってくれるすべての人に

ただただ感謝、であった。