脳が
どこかに・・・
本が、読めない
宿題はますます“おもしろく”なっていく。
私はU先生の出す宿題をおもしろがっていた。
つぎの品物について、
①一般的には何に使うかを述べ、さらに
②他の利用法を考えその例をあげてください。
【写真_34】(クリックしてください)
期待以上の答えを返す。
それが私の使命だ。
どうやらそう思っていたようだ。
もちろん真面目な(いやどれも真面目である)宿題もある。
“算数”だ。
相変わらず算数は苦手だった。
一桁の足し算で、間違う。
それに掛け算が加わる。
『百ます計算』の掛け算だ。
もちろん一桁。
つまり九九。これも苦手だった。
7×8=58
6×7=48
9×8=39
4×4=36
目も当てられない。
ということはもちろん割り算の宿題が出ても同じ惨状だ。
15÷5=5
36÷6=3
“算数”は苦手だ。
やっぱり“国語”だ。
U先生は次々にあたらしい“国語”の宿題を出してくれた。
プリントにこだわらず、先生独自の宿題も出る。
たとえば“本を読む”宿題。
先生は「1日数ページずつ本を読み、その要約を声に出してしゃべる」という宿題を編み出した。
最初の一冊は『聞く力』。
“阿川佐和子”のベストセラー本である。
先生がどうしてその本を選んだのか。
それは今でもわからない。
もしかして私の職業を“ライター”だと知って選んだのか。
それにしてもベストな選書だった。
“聞く”ことは、ライターにとって最も重要な力である。
しかもそれは私の、一番大切にしていたことだった。
ライターの力量は
“書く”力よりも“聞く”力。
ウソではない。
ほんとうだ。
ただ、私は『聞く力』を、それまで読んでこなかった。
理由はベストセラーだったから。
ま、狭い料簡である。
ケツの穴が小さい。
あー、いやだいやだ。
で、『聞く力』である。
1日4〜5ページ。
先生がコピーして宿題に出す。
その内容もおもしろかったが、
私は「本が読める」ことに感動していた。
本が、読めなかった。
たとえば友人がお見舞いに差し入れてくれた小説。
しかもその作家は以前、
その友人から勧められ、
見事にハマった『森博嗣』。
私はさっそくその本を開いてみた。
なにしろ入院後、初めて読む本である。
わくわくしながらページを繰る。
最初の“プロローグ”である。
1ページ目の、わずか8行でつまずいた。
文は読める。
だけど内容が入ってこない。
私の身体に、
脳に、
入ってこないのだ。
そういえば新聞も読めなかった。
病院には複数の一般紙とスポーツ紙が取り揃えてあり、自由に読めた。
だが、読まなかった。
たまに読んだとしても、1本の記事。
ほんの数行で、お腹いっぱいなのである。
失語症は「話す」「書く」だけでなく「読む」こともダメになる。
さらには「計算」することもできない・・・。
だが、私には幸運なことがあった。
それはU先生がいたことだ。
先生は私の現実を認識し、
その上でひとつひとつを克服しようとチャレンジしてくれた。
たとえば次の問題。
みなさんもぜひ、やってみてほしい。
私がどのような宿題に答えていたか。
ちなみに今回は“答え”がある。しかし書かない。
□の中のことばを組み合わせて「〜が〜で〜を〜」の形の文を4つずつ作ってください。
女 鍬 馬 取る 騎手 耕す
漁師 駆る 殺す 土 網
花瓶 魚 強盗 鞭 農夫
①
②
③
④