“横断歩道”という壁

歩道橋の次は“バス”である。

理学療法士のHさんはある日、私に告げた。

「今日はバスにのりましょう」

 

 

退院後、私は仕事に復帰するつもりだった。

毎日はムリでも週に2〜3回は会社に行く。

その計画はHさんとも共有していた。

そのためのバス体験。

 

 

病気になる前、私はバス通勤であった。

駒沢から渋谷までバスで通っていた。

自宅からバス停まで2〜3分。

バスに乗っている時間は30分〜40分。

ほとんど毎日座れるので快適だった。

そこで病気の後も、バスで通勤する。

その方がきっと“快適”だ。

そう思っていた。

 

 

半身麻痺の患者が

“駒沢”から“渋谷”にバスで通勤する。

この場合、選択肢は2通りある。

ひとつは今まで通り

“玉川通り(国道246号)”を使う方法。

慣れてるし、バスもそんなに混まない。

だから普通に考えればそれで決まりだ。

 

ただ、唯一のマイナス要素。

それは“歩く距離”が長いこと。

いや、自宅からバス停までの距離ではない。

渋谷のバス停から会社までの距離だ。

 

バスが到着するのは“渋谷駅西口ターミナル”。

そこから会社まで約15分。

健康な頃であれば何の問題もなかった。

 

ところが渋谷の喧騒のなか、

いかに杖をついて歩くか。

何分かかるのか。

心配だった。

 

そこで考えた2つ目の案。

それは“恵比寿経由・会社行き”という方法だった。

 

駒沢からはもうひとつのバス路線がある。

“駒沢通り”を使う路線。

恵比寿に行くのは駒沢通りの路線だ。

ちょっとバス停までは遠い(徒歩5分)が、

これで恵比寿駅まで行って

JR埼京線に乗れば、一駅で渋谷駅だ。

 

この案の最大の利点は

会社までの距離が短いこと。

JR渋谷駅の“新南口”を出れば

もう会社までは目と鼻の先。

徒歩1分(!)。

これは魅力的だ。

 

 

ただ、問題があった。

まず、“電車”に乗らなきゃいけない。

しかも駅には“エスカレーター”。

2つの未体験ゾーンがあったのだ。

 

 

なんども言うようだが

普通に考えればバス一本の“玉川通り”で決まりだ。

だが“渋谷を歩く”ことが心配だった。

そこでHさんに話をした。

2択のどっちか。

 

すると彼女はまず

“バスに乗ること”から始めた。

 

そもそも岡はバスに乗れるのか・・・

 

そうか。

まずはそこからだった。

バス。

それから電車。
そしてエスカレーター。

 

 

病院から“PASMO”を借りて、街に出る。

明治通りには“都営バス”が走っている。

Hさんは私を連れて横断歩道を渡り、

渋谷行きの停留所をめざした。

 

と、経緯としては上のような文章となる。

しかし、その簡単な文章のなかにも、

じつは障害者にとっての“難関”がある。

 

横断歩道だ。

 

 

明治通りは片側2車線の道路である。

上りと下りで合計4車線。

この“広い”道路を、

信号が青の間に、

はたして渡りきれるのか・・・

 

 

病気をする前なら、

そんなこと考えもしなかった。

「青だ、渡ろう」

これでオッケー。

ときには青が点滅してても渡り始める。

「走ればいい。ま、間に合うさ」

 

黄色が赤になったとしてもなんとかなる、なんて・・・

まぁ、なめてるわけだ。

 

だが、杖をついる私はそういうわけにはいかない。

信号が青でも今は渡らない。

次に青になるまで一度待つ。

つまり交差点に着いたとき、

青が見えていても途中からは渡らない。

黄色から赤まで待って、

青になった瞬間に渡り始める。

その方法を、私はHさんから仕込まれた。

 

「ダメです。次の青まで待ちましょう」

 

私は素直にうなずいた。

なぜなら青だと思って渡り始めると、

渡り終えるころには黄色が消えて赤になる。

そんな事態が十分にある。

一歩間違えば交差点の真ん中で赤信号・・・

てなことになりかねないのだ。

 

 

これは退院してからの話である。

地元・駒沢の玉川通り(国道246号)を渡るとき、

私は“2回の青”が必要だった。

 

どういうことか。

 

駒沢付近の“246”は片側3車線、

上下6車線という道路である。

そこを最初に渡ったとき、私は半分で力尽きた。

 

もちろん青になるのを待って、すぐに渡り始めた。

それでも半分渡ったときには、

信号が黄色から赤に変わろうとしていたのだ。

 

焦った。

 

だが“246”には“中央分離帯”があった。

よって、まず1回目の青で中央分離帯まで。

そこで黄色と赤をやり過ごして、

2回目の青で渡りきる・・・

 

 

さて、話をもとに戻そう。

 

原宿の、明治通りの交差点だ。

バスに乗る前に、私は試練を迎えていた。

横断歩道である。

 

“歩道橋があれば”という考えは、

もとより捨て去っていた。

信号をうまく切り抜けるのもリハビリだ。

そう思って私は交差点の最前列に立った。

いや、立とうとした。

 

だがそのとき、私の前に立ちはだかったのは・・・

 

あの“スロープ”であった。