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右か左か、脳は迷った

エスカレーターは便利な“道具”だ。

人はこぞって乗る。

同じ場所に階段とエスカレーターがあれば、まずエスカレーターだ。

もれなく乗る。

上りはもちろん下りでも乗る。

 

たまにダイエットをしている人(?)が

階段を上ることもある。

あるいは急ぐ人。

エスカレーターの速度が“遅い”と感じるほど急いでいる人は、

階段を駆け上がる。

あるいは段飛ばしで駆け下る。

だけど多くの人はやはりエスカレーターである。

かく言う私もそうだった。

 

 

だけど今は違う。

半身麻痺となってから、

エスカレーターは“怖い道具”となった。

 

まず乗るとき。

ま、「一歩踏み出せば簡単だった」とも言えるのだが、

その最初の一歩がおそろしく“怖い”。

 

それから降りるとき。

階段が沈んでいきフラットになる。

当然だ。

みんなそれが当たり前だと思っている。

 

しかし私にとってはフラットではないのだ。

 

 

エスカレーターの最後はどうなってるかご存知だろうか。

 

フラットになった階段が次々と飲み込まれていく。

そこにちいさな段差があるのだ。

 

ま、普段はそんな段差など気にならない。

健常者は普通に降りていく。

だけど私には“恐怖”だった。

 

なにしろ自動である。

いま乗っている“階段”は自動的に吸い込まれていく。

私はその動きに合わせて“降り”なきゃいけない。

だがそこに“段差”である。

ちいさいけれど、“段差”だ。

私にとってはまぎれもなく、“段差”だ。

果たしてその段差を乗り越えられるのか。

もし乗り越えられなかったら、その時はどうなるのか。

私はそのまま階段と一緒に飲み込まれてしまうのか。

いやそれはさすがにない。

だったらどうなる。

 

考えられるのは“転倒”だ。

エスカレーターの降り口で、

私は無残にも“転倒”する・・・

そう考えてしまうのだ。

 

 

階段が沈み、フラットになり始める。

その終点にちいさな段差。

それが初めて目に飛び込んできたとき

私は「ヤバい」と思った。

その間、約0・2秒(!?)。

そのときにはもう私の足は段差にかかろうとしていた。

 

うわーっ。

 

パニックである。

 

どーする。えっ。いや。うそ。

えぇい、跳べ。

 

やむなく私は跳んだ。

 

いや、跳べなかった。

 

左足で跳ぼうとした。

 

だけど跳べない。

 

ただ、左足は階段からほんのすこし、浮いた。

 

そのタイミングがよかったのだろう。

私は“段差”を乗り越えた。

なんとか乗り越えた。

左足をほんのすこし浮かせることで、乗り越えた。

 

気がつくと再び息が上がっていた。

血圧もおそらくかなり上がった(だろう)。

だけど成功した。

私は“電車”につづいて“エスカレーター”も克服(?)した。

 

 

しかしこの“克服”には後日談がある。

 

退院後、私はエスカレーターに乗った。

どこで乗ったかは覚えてない。

でもおそらく“駅”だ。

 

退院したての私は“チャレンジャー”だった。

とにかく挑む。

ひとりで挑む。

退院後だから当然、Hさんはいない。

 

たとえば電車。

東横線“自由が丘駅”から“明治神宮前・原宿”へ。

あるいは田園都市線“駒沢大学”から、東西線“門前仲町”まで。

 

その間にエスカレーターにも何度か乗った。

そのなかのひとつの出来事である。

 

 

“短期記憶”という言葉を覚えているだろうか。

私は“短期記憶”がほとんど“ない”

あるいは“なくなってしまっている”ことに、翻弄されてきた。

 

きっかけは“日付”。

今日の日付が、なんど聞いても覚えられない。

それが、この病気になって最初のショックだった。

(あ。もちろん右手右足がまったく動かないこともショックだったけど)

エスカレーターに関わる“出来事”は、その延長線上にある。

 

 

ある日、私はひとりでエスカレーターに向かっていた。

ま、いつものように“チャレンジ”である。

 

「もう何度か乗っているじゃないか」

「これまではだいじょうぶだった」

「だから今回もだいじょうぶ(のはず)だ」

 

私はエスカレーターの前に立った。

さて・・・

と思ったとき、立ちすくんでしまった。

 

「あれっ?」

 

「どっちの足から乗るんだっけ」

 

今はわかる。

左足だ。

左足から乗れば、右足はついてくる。

そう。階段と一緒だ。

しかしそのときはわからなかった。

 

「どっちだっけ」

 

思い出そうとするが、思い出せない。

 

右か、左か。

ふたつにひとつ。

なのにまったくイメージが湧かない。

 

脳は迷っていた。

右か、左か。左か、右か。

 

イメージは一向に湧かない。

でも立ち止まるわけもいかない。

きっと後ろからは人が来ている。

 

よしっ。決めた。

どっちかだ(?)。

 

私は踏み出した。

 

右足だった。

動かない右足。

それでも振り子のように前には出せる。

左手を手すりに乗せると同時に、そーれ。

 

私は右足をエスカレーターに乗せた。

私の脳は「すぐに左足を」という指令を出していた(と思う)。

脳内のシミュレーションではうまくいったのだ。

動かない右足を乗せて、すぐに左足。

だって左足は動くんだもん。

だから最初は右足だろう・・・(?)

 

だが・・・

 

ちがった。

まちがいだった。

間に合わなかった。

なにしろエスカレーターだ。

左足が追いつく前に、階段は無情にも上がっていく。

動かない右足を階上へと連れて行く。

 

私は・・・

右足をぼうぜんと見送るわけにもいかず

また左手もぐいぐい階上へ引っ張られるし・・・

 

やむなく“転倒”した。

 

 

左手は手すりの上。

右足は頭のそば。

そして左足は・・・

頭より数段あとからしっかりと付いてきていた。

だが、ま、いわゆる“股裂き”である。

 

さて、私のそのときの姿を、想像できるだろうか。

 

私は想像できる。

 

あられもない姿。

しかもなぜか転倒した私を天から眺める俯瞰した姿・・・

(って、つまり“幽体離脱”?)

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