top of page

​脳が

どこかに・・・

​スロープの“怖さ”

階段には手すりが付いていた。

​

病院の階段には当たり前のように、

手すりが付いていた。

 

私は“左側の”手すりをつかみ、

身体を階段の左端に寄せながら階段を上った。

だからすれ違う人とぶつかることはなかった。

 

私は考えた。

退院してからも、階段があれば左端を使うだろう。

そうすれば人の邪魔にならない。

 

階段だけではない。

道でもそうだ。

 

できるだけ端を歩く。

人の邪魔にならないように、すみっこを歩く。

 

でも・・・と思う。

 

やっぱり迷惑なんだろうな。

忙しい人は特に・・・

たとえ道のすみっこでも・・・

動きののろい人がいると突き飛ばしたくなる・・・とか。

そんな想像が頭をよぎる。

 

「はぁ〜」

 

ため息がでる。

 

 

だが、すぐに忘れる。

なにしろ脳が弱っているのだ。

短期記憶は、失われるのだ。

 

 

それから毎日、である。

私はH先生の指導のもと、

エレベーターを使わず階段を上り、下りた。

それだけで、リハビリが新しい段階に入ったことを実感していた。

リハビリ・ルームを出て、

他の場所で訓練することが少し、誇らしかった。

 

 

しかし、疑問もあった。

階段にはそもそも、手すりがあるのか。

街の階段には手すりが付いているのか。

ここはリハビリ病院だから、付いているのではないか。

​

たとえば会社の階段は・・・

 

思い出せなかった。

 

 

少なくとも自宅の階段にはなかった。

玄関の階段にも、室内の階段にも。

 

H先生が私の疑問を先取りするかのように言った。

 

「岡さん、自宅の階段に手すりを付けてくださいね。じゃないと退院できませんよ」

 

ですよねー。

 

それはわかった。

よくわかった。

でもどうやって自宅に手すりを付けるのだ?

 

「ケア・マネージャーの方に相談してみてください」

 

 

日本の福祉体制は、意外と充実している。

それは不自由な身体になってから知った。

 

たとえば退院が近くなると、

自宅のある世田谷区に連絡がいく。

すると世田谷区から調査員が病院を訪れ、

私と面談をする。

 

調査員は

私の“右半身麻痺の実態”を、さまざまな視点から調べ、把握。

 

それから約1カ月後、

(くらいだったと思う)

世田谷区の認定を受け、私は【身体障害者】となった。

身分は【要介護1】。

 

すると世田谷区から“ケア・マネージャー”が紹介される。

紹介された本人が病院を訪れ、私と面談。

私がオッケーすれば、その人が私のケア・マネージャーになる・・・。

 

その一連の手続きを、私は入院中に終えた。

システマティックに、終えた。

 

 

さて、ケア・マネージャーである。

彼女の最初の仕事は、「自宅に手すりを付ける」こと。

彼女はさっそく私の“次男”と連絡をとった。

 

 

配偶者はもういなかった。

長男も、仕事の都合で家を出ることになっている。

よって私の頼りは次男である。

(それまで一度も見舞いには来なかったが・・・)

 

“手すり”の件は、その時点から

次男とケア・マネージャーの管轄になった。

 

 

​

一方、私のリハビリは進む。

私にできることはただひとつ。

リハビリだった。

 

 

​

階段の訓練は順調だった。

次なるハードルは・・・

“屋外訓練”である。

 

 

病院には庭があった。

高低差があり、樹木や花も数多くある庭園である。

その庭に出る。

杖に頼りながら、庭を歩く。

そんな訓練である。

 

私は初めて外に出た。

(いや、“現地視察”で一度、外に出ている。だがそれはクルマでの外出。自分の足で、というのは“初めて”である)

 

 

その最初の外出で、早くも難関が現れた。

スロープである。

 

玄関を出ると、

かなり“急”なスロープが庭に向かって下っている。

 

いや、一般の人にとってはべつに“急”でもなんでもないだろう。

だが私にとっては“急”だ。

しかも下り。

これがやっかいだった。

 

​

スロープの困難。

それは“階段”と比べればわかりやすい。

 

階段は1段ずつ、“終止符”がある。

右足で1段下れば、左足も1段。

そこで小休止。

そこからまた1段が始まる。

右足が下りたら、左足を下ろす。

そうして両足がそろえば、

傾いた身体を整えることも、休むこともできる。

 

しかしスロープは違う。

右足で一歩進むとすぐに左足が動く。

左足が追いつくと、そのときには右足が一歩先に進んでいる。

 

なぜか。

 

進まざるを得ないのだ。

スロープは止まることができない。

小休止ができない。

いわば連続運動。

身体は前へ前へと進む。

前掲姿勢になり、前につんのめって倒れそうだ。

あわてて身体を後方に反らす。

すると今度は後ろに倒れそう。

まさしく“転倒”の危機だ。

 

患者が(もちろん先生たちも)何より忌み嫌う“転倒”。

その危機が、一歩ごとにやってくるのだ。

 

 

焦った。

 

階段がうまく上下できれば、あとはなにも怖くない。

これで外にも出られる。

街も歩ける。

そう思っていた。

 

だが、スロープだった。

おそらく“車椅子”用につくられたスロープ。

リハビリ病院にとっては当然だ。

私にとっての“手すり”のように、

車椅子の方々にとっては必須。

しかし・・・

 

杖をついた、

半身麻痺の、

歩行練習初心者にとっては“恐怖”。

しかも下りのスロープ。

その怖さ・・・。

 

私はいつの間にか汗をかいていた。

杖の持ち手は、手のひらの汗でぐっしょりと濡れていた。

 

​

約15メートルほどの下りのスロープ。

これを一歩一歩下りながら、私は考えていた。

 

「スロープって、街にあるっけ?」

 

下りてる間は考えられなかった。

下りることに真剣で、何も考えられない。

そこで下に到達してから改めて考える。

 

「スロープって、街にあるっけ?」

 

私は考えてみた。

そして答えを出した。

 

「こんな急なスロープはまず考えられない。うん。大丈夫」

 

リハビリ病院だからこんなに長くて急なスロープをつくったのだ。

街にはない。

絶対に、ない。

だって見たことない・・・。

 

だが、その思惑は、

実際に街に出るとあっけなく崩れた。

 

街は、

道は、

細かい“スロープ”だらけなのであった。

© 2023 著作権表示の例 - Wix.com で作成されたホームページです。

bottom of page