文章という“収入”

私は・・・

“収入”を求めた。

 

「ありがとう」が“負債”になるまえに、

“収入”を求めた。

その“収入”で、

こころのバランスをとった。

その“収入”とは・・・

 

文章である。

 

2018年5月4日。

私は“文章のリハビリ”を始めた。

つまりみなさんが読んでいるこの文章。

 

最初の読者は『ひろの亭』のひろさん。

それがやがて常連のお客さんに拡がり、

私の友だちにも拡がっていった。

 

私が書く文章を、だれかに読んでもらう。

そして何人かは直接「ありがとう」といってくれる。

それこそが私の“収入”だった。

 

「社会の役に立っていない自分が、他人の世話を受けて生きていても仕方がない」

(吉藤オリィ著『サイボーグ時代』より)

 

その感触が私を覆う寸前で、

私は踏みとどまった。

その最大の要因は、読者のみなさんの存在である。

みなさんが私を支えてくれたのです。

 

 

2018年の5月。

私は一大決心をして“文章”を書き始めた。

 

書けるかどうか、わからなかった。

だけどそれ以外、私を証明するものがなかった。

だから書いた。

左手1本で書いた。

金曜日しめきりで書いた。

A4・2ページと決めて毎週、書いた。

それがあと2回で丸1年・・・

 

って、いよいよ最終回かな、と思った方・・・

私もそう思った(笑)。

でも私、まだ“退院”してませんし・・・

 

そうなんです。

退院していない。

 

えっと、どこまでいったのかな。

 

あ、そうだ。

バスだ。

初めてバスに乗った。

そこでヘンな方向に行ったのだった。

 

 

 

では本題に戻ります。

 

バス(都営)に初めて乗ったとき、

私は渋谷の(たぶん)“宮下公園”で降りた。

乗ったのは“神宮前六丁目”(だと思う)。

だからわずか一駅(停留所)だ。

 

で、“宮下公園”でバスを降りるとき、

私はまたまた“恐怖”を感じた。

 

乗るときは“上り”である。

しかし降りるときは当然のごとく“下り”。

 

そう。いつもの恐怖である。

「上りは楽だが、下りは恐怖だ」

 

しかもこれはバス。

階段やスロープのように、

私が無事降りるまでじっと待ってはくれない。

 

私は覚悟を決めた。

降り口の手すりをしっかり掴み、

目の前に拡がるアスファルトの地面に向かって、動かない右足を差し出す。

右足が地面に着いたと思ったその瞬間、

左足を下ろす。

そのあとで、左手を手すりから離すのだ。(ふ〜っ)

 

 

その後、交差点を渡り

(どう渡ったのか覚えていない。横断歩道か歩道橋か)

そのままHさんは

私を誘導しながら高架橋をくぐって“西武百貨店”の向かい側に出る。

その途端、人混みのまっただ中である。

 

Hさんは構わず、渋谷駅の方へ。

すると当然、目の前には“渋谷スクランブル交差点”が。

 

「おいおいちょっと待ってくれ」と思ったが、口には出さない。

というか言葉がでない(失語症のため)。

 

“交差点”に近づくほど、人、人、人。

 

Hさんはさすがに“スクランブル交差点”を渡れ、とは言わなかった。

交差点の手前で左に折れ、

“109―2”の前から再び高架橋をくぐり、明治通りに戻る。

渋谷駅東口のバス停を見つけてバスに乗り、“神宮前六丁目”へ。

 

こうして大冒険が終わった。

 

 

5月に入るとHさんは次々と“体験”を迫る。

それだけ退院の日が近いのだ。

 

「次は出勤のシミュレーションですね」

そう言って私を“駒沢”にタクシーで連れて行く。

 

Hさんと私は改めて“アンチバリアフリー”の家にため息をつき、

まず玄関に連なる8段の階段を上る。

Hさんに支えてもらいながら、上る。

やっと玄関にたどり着く。

しかし、私たちは家に入ることはできなかった。

なんと、私が鍵を忘れたのだ。(ドジっ)

 

そのままHさんに支えられて階段を下りる。

バス停へ向かう。

Hさんがバス停までの時間を計る。

 

「8分ですね」

 

私はその数字にがく然とした。

通常なら2分かからないのだ。

 

しかし、それより何より家の階段だ。

Hさんは「いつ手すりがつくんでしょう」と聞く。

「手すりがつかなければ退院できませんよ」

 

しかし私には何ともしがたい。

すべては次男。

彼にすべてを委ねている。

それにセイファートの長谷川社長。

彼がサポートしてくれている(はずだ)。

ふたりに任せるしかない。

 

私たちは渋谷行きのバスに乗った。

当然のごとく私は“優先席”に座った。

が、Hさんは目の前に立っていた。

「空いているので座ってください」と、

私が拙い言葉で勧める。

しかし彼女はけっして座らなかった。

 

 

「次は会社に行ってみましょう」

Hさんにそう言われたのは5月も半ばを過ぎたころ。

日程は「5月30日」と決まった。

しかも会社へのアクセスに“電車”を使う、と言う。

 

 

以前、出勤には2つのルートがあると言った。

ひとつは渋谷までバス。

これは駒沢から渋谷までバスに乗ることで一応“安全”が確かめられた。

 

2つめのルート。

それは駒沢からバスで“恵比寿”に行く。

そこから電車に乗って渋谷まで一駅。

Hさんはそのルートの“安全”も確かめようというのだ。

 

さて、このルート。

実は2つの“大冒険”がある。

ひとつは“電車”。

そしてもうひとつが“エスカレーター”であった。