脳が
どこかに・・・
取材先で、倒れた
2016年(平成28年)11月24日。
東京には雪が降った。
「11月の積雪は54年ぶりだ」と、ラジオは言っていた。
大事な“取材”の日だった。
有名な美容室『P』。
その創業者K氏と、私はインタビュアーとして向き合っていた。
午前8時半スタートのインタビューは、
予定の1時間ぴったりで終わった。
楽しい取材だった。
終始にこやかに会話は進んだ。
私はていねいにお礼をして、
後を引き継ぐカメラマンにK氏を渡す。
さて・・・。
私はすぐに片付け始める。
ICレコーダー。マイク。ノートとシャープペン・・・。
すべてはいつも通り。
いつものルーティンだった。
カメラマンはさまざまなアングルでK氏を撮る。
その様子を横目に見ながら・・・身体に異変を感じた。
重い。
身体が重い。
まず頭が重くなる。同時に手も。
「ちょっとゴメン」「ちょっと座る」
編集担当のTさんにそう言った(ような気がする)。
私は椅子にへたり込んだ。
身体が重い。
全体が重い。
どうしようもなく重い。
一方、頭のなかでは不思議なことが起こっていた。
目の前のシーンがある。
見えるのは撮影風景。
カメラマンがK氏を撮っている。
そのシーンが、下のほうから消えていくのだ。
いや、“消える”のではない。
“隠れる”と言った方がいい。
私の目の前には『格子編み』のような、
黒い模様が下から出てくる。
すると視界の下半分だけが隠れる。
しかし、しばらくするとその『格子編み』は消える。
撮影風景が見えてくる。
だが、また黒い『格子編み』。
視界の下からやってくる。
見えているシーンは隠れる。
『格子編み』の模様が出ているところだけ隠れる。
それが何度もつづいた。
初めての体験だった。
(これはなんだ)(ちょっとヤバいかも)
尋常ではなかった。
頭はますます重く、顔は正面を向いていられない。
いつの間にか私の頭は、肩よりも低くなっている。
両手は足の上に垂れて動かない。
そのとき考えたのは、まず(美容室から出よう)(営業中に迷惑かけちゃいけない)。
口にしたかどうかはわからない。
その間も視界の『格子編み』はつづき、
私の身体はさらに重くなっていった。
編集のTさんが心配そうに寄ってくる。
カメラマンも声をかけてくれる。
頭のなかでは『格子編み』が出ては消える。
(早く出なきゃ)
そう思いながら身体はますます重く、
床にめり込んでいくようだ。
そして・・・
『格子編み』がついに、視界全体に拡がった。
それっきり、意識が途絶えた。
次に思い出すのは女性の声だ。
「だれか一緒に乗ってください」
「だれが乗りますか?」
どうやら救急車で運ばれようとしているらしい。
で、再び意識は途切れる。
次は病院の入り口か。
救急車から降ろされるところか・・・途切れる。
今度は寝たまま、身体が前後・左右に動いている。
なにかの機械か?
なにか検査でもしてるのか?
相変わらず目は開かない。
耳からは轟音が聞こえる。
再び意識を失う。
それからどのくらいの時が経ったのだろう。
目が開いた。義理の妹がいる。
(えっ、なんでだ)
口を開こうとする。しかし開かない。
2人の息子たちが気づいて近寄ってくる。
(なんで? おまえたちなんでいるんだ?)
言おうとする。だが、途切れる。
次に目を覚ましたのは、ベッドの上。
周囲にはだれもいなかった。
身体の重さは消えていた。
視界のなかの『格子編み』も。
私は生還した。