私は“自由”だ

目が覚めた。

そこは病院ではなかった。

 

午前5時前。

外は明るい。

私は左手で身体を起こした。

 

右手は肘の部分で90度に折れて胸に張り付いている。

指は5本とも丸まっている。

右足は動かない。

ま、昨日と同じだ。

退院したからといって何か変わるわけではない。

全快したから退院するわけではない。

期限が来たから退院する。

それだけのことだ。

 

しかし、私は自宅に戻った。

 

そうだ。私は自宅に戻った。

 

もう朝食の時間を気にすることはない。

リハビリの予定を気にすることもない。

宿題の提出に追われることもない。

昼食の時間も晩ご飯の時間も気にすることはない。

消灯も。

 

そう。

自由だ。

私は自由だ。

 

そう思うと、身体の奥からなにか、あたらしいちからのようなものが湧いてくる。

自然と笑顔になる。

 

もちろんたいへんなこともあるだろう。

でも、それでも、私は自由だ。

 

“生活”は、ほとんどがシミュレーション済みだった。

顔を洗う。歯を磨く。

洗面所には椅子が置いてある。

すべては昨日、ケア担当者が一堂に会した際に指示されて準備していた。

 

ちなみに椅子が必要なところは洗面所(脱衣所)、風呂場、玄関である。

なかでも風呂場には“専用の椅子”が必要だと言われた。

 

確かに病院の風呂場にも椅子が用意されていた。

だが、風呂場にはもともと椅子がある。

洗い場用の小さな椅子。

それを見せて

「これでいいんじゃないですか・・・」

ケアの専門家はそろって否定した。

「だめです。これでは立てません」

 

つまりこういうことだ。

座るのはなんとかできるかもしれない。

ただ、立つことはできないと言うのだ。

 

「ちょっとやってみますか?」

男性のケア担当者が言った。

私はその人の助けを借りて椅子に座ろうとした。

ところが・・・

 

右足が痛くて座れなかった。

 

そういえば、膝は90度以上曲げたことはなかった。

風呂場の椅子に座ると確かに90度以上、

ほとんど大腿部とふくらはぎがくっついた状態になる。

その状態ができないのだ。

ましてそのような状態から立ち上がるなど・・・

 

「よくわかりました」

私は降参した。

 

同時に湯船に入ることも禁止である。

私に許されたのはシャワーだけ。

もし湯船につかったら・・・

「2度と立てませんよ」

なるほど・・・

 

それから玄関。

 

なぜ玄関に椅子が必要なのか。

それは靴が履けないからだ。

 

風呂場でも言ったが私の膝は90度以上曲がらない。

つまり玄関にも座れない。

よって玄関にも椅子。

もちろん靴を履くときだけではなく、脱ぐときも椅子。

 

ちなみに靴は介護用の専門靴。

しかも装具をつけるので、右足だけワンサイズ上。

さらに室内でも靴を履かなければならない。

スリッパではなく、靴。

滑って転倒、ということがないように、“室内靴”は必須なのだ。

 

ま、だから、“自由”といってもいろいろある。

でも、それでも私は自由だ。

なにより自分の行動を自分で決められる。

たとえば“外に出て”散歩する。

朝、シャワーを浴びる。

昼寝する。夜更かしする。

 

もちろん不自由はある。

決まった時間に行動すること。

行動せざるを得ないこと。

たとえばリハビリ。

 

訪問リハビリはさっそく月曜日から来てくれることになっていた。

火曜日も金曜日もリハビリだ。

週3回。

これは不自由というより、ありがたい。

 

それに会社。

私は月曜日から会社に行くと決めていた。

リハビリは午前中。

だったら午後、出社する。そう決めた。

 

だが、それ以外は自由だ。

リハビリと会社と“自由”な時間・・・

土曜日の朝からそんな日々が始まる、

そう考えていた。

自然と笑みがこぼれた。

 

 

しかし現実は、そううまくはいかなかった。

 

6月17日の土曜日、早朝。

その日は朝から晴れていた。

 

私は6時前から散歩にでた。

右足は“巻き爪”で相変わらず痛かったが、

せっかく病院で歩いていたのだし、

自宅に帰っても継続して身体を動かそう。

そう思っていた。

 

右足に装具をつけ、

玄関で椅子に座って靴を外用に履き替えた。

杖を持ち、ドアを開けた。

 

玄関の階段には手すりが付いている。

それを伝ってゆっくり地面へ下りる。

駐車場を通って一方通行の狭い道に出る。

それを越えれば、そこはもう“駒沢公園”だ。

 

私は一歩ずつ、アスファルトを踏みしめながら公園へ向かった。

 

視界は1・5メートル。

それは退院しても変わらない。

杖をつきながら

アスファルトを見つめながら

一歩ずつ歩いた。

 

 

 

駒沢公園の中には、

いくつもの小公園がある。

中でも“うま公園”は、

自宅にいちばん近い小公園だ。

その“うま公園”に、私は足を踏み入れた。

 

“うま公園”から始める。

それが私の散歩コースだった。

とくに犬を飼ってからは毎日、雨でも雪でも歩いた。

(あ、その飼い犬 “シャナ”は元・妻が私の入院中にだれかに譲った、と聞いた)

 

その散歩コースを、久しぶりに歩く。

ひとりで歩く。

“シャナ”のことを想いながら、歩く。

 

歩くたびに、身体のバランスを気にする。

“転倒しないだろうか”。

そればかりが気になる。

 

“シャナ”のことは薄れていく。

ごめん、シャナ・・・

と、そのときだった。

大きな羽音が聞こえた。

だが私の視界は1・5メートル。顔は上げられない。

羽音は急激に大きくなる。

なんだなんだ。

緊張が一気にMAXに。

 

「バッ」。

音がした。同時に私の頭に何か強い力が加わった。