脳が
どこかに・・・
“巻き爪”
“まきづめ”。
名前は知っていた。
ただ、どんな症状なのかは知らない。
どんな痛みが伴うのかも知らなかった。
足の爪に起こる疾患で、
しかも女性に特有の病気だと思っていた。
“外反母趾”を原因とする爪の病気?
それくらいの知識だった。
ハイヒールを履く女性特有の病気・・・?
なのに私の、しかも麻痺している右足がターゲットになるなんて・・・
看護師さんは親指にバンドエイドを巻きながら言った。
「今度、皮膚科の先生がいらっしゃるので診てもらいましょう」
えっ?
皮膚科の先生が来てくれるの?
この病院にそんなシステムがあるとは知らなかった。
いやそもそも“巻き爪”って皮膚科の守備範囲なのか?
知らないことがいくつもあった。
それにしても痛い。
急に痛くなった。
いや兆候はあった。
特にフロアを歩いている途中、右足が痛む。
とくに親指が痛い。
だけど我慢していた。
なにより体力。
退院までに体力を回復する。
最近はほとんどそのために入院生活を過ごしてきた。
足や手の回復よりも、体力の回復。
いやもちろん足や手の回復も重要だ。
けっしてあきらめたわけではない。
でも、まずは体力。
つまり私は優先順位を変えたのだ。
優先順位。
まずは“失語症”の回復。
なかでも“文章”を書けること。
これは揺るぎもしない最優先課題だ。
つづいて私は“足”の回復を挙げていた。
普通に歩けるようになること・・・
しかしあるとき、優先順位は変わった。
足よりも“体力”。
手よりも“体力”。
長い入院生活で、私の体重はみるみる減っていった。(よかったじゃん、って声も聞こえるが・・・笑)
毎週量る体重は早い時期にマイナス10㎏を記録。
直近ではさらにマイナス10㎏(つまり合計20㎏)に迫ろうとしていた。
これでは生活が危うい。
職場復帰など望めない。
だから歩いた。
筋トレも始めた。
ま、それが体重の、さらなる減少に貢献したのかもしれないが・・・
皮膚科の先生が現れた。
聞けば月に一度、病院を訪れているという。
私はさっそく診てもらった。
「あ、巻き爪ですね」
看護師さんと同じことを言う。
「塗り薬とテープをお渡ししますので」
ここは看護師さんとは違う。
「治りますよ」
若い医師は明るく言った。
医師が患者にいう言葉のなかで、
それは最大級の効き目を持っている。
まず、なによりホッとする。
不安が解消される。
希望が持てる。
そして明るくなる。
私は言った。
「ありがとうございます」と。
だが、医師の言葉はウソだった。
あ。
いや。そうではない。
語弊がある。
“ウソ”ではない。
きっと医師は確信していたのだ。
「治る」と。
それは理論的にも、経験からいっても“ウソ”ではなかった(だろう)。
だけど私の巻き爪は、(結果的に)治らなかった。
その原因は、“私”にある。
医師は“塗り薬とテープ”を私に渡した。
“塗り薬”はその日から塗った。
右足の親指の、血の出ている患部に塗った。
ただ、問題は“テープ”である。
テープ。
幅2センチほど。長さは5センチくらい。
肌色で、裏側は白い剥離紙で覆われた粘着テープ。
使うときはその白い剥離紙を外して肌に貼り付ける。
ま、バンドエイドの、中央のガーゼがない、テープだけの状態というか。
そのテープを右足の親指に貼れ、というのである。
医師は見本に一枚、
私の親指に貼ってくれた。
親指の右側、爪が皮膚に食い込んでいる状態を緩和するように・・・
状態を緩和する・・・?
どんな状態なのか。
ま、わかりにくいですね。
書いていて、すごくもどかしいんですが・・・がんばって書いてみますね。
右足の親指の
右側の、
爪に食い込んでいる皮膚を、
まずテープの一方の端で剥がすように貼る。
そしてそのテープをそのまま親指に巻き付けるように、引っ張るように貼っていき、
親指の根元で留める。
すると食い込んでいる皮膚が、少しだけ緩くなる。
わかりますか?
で、医師は言うのです。
それを毎日取り替えるように、と。
やってみました。
もちろんです。
巻き爪が治らないと歩けない。
体力の回復がおぼつかない。
それよりなにより退院までに治らないと会社に行けない。
だけど・・・
やってはみたんです。
何度もトライしてみた。
だけど・・・
利き腕じゃない左手で、テープは巻けない。
左手1本で、
右足の親指に、
しかも患部というピンポイントにテープを貼るなんて、ムリでした。
だれか手伝ってくれればなんとかなるんですが。
だれに頼めというんですか。
足の指なんて汚いし・・・
そんなわけで“巻き爪”の治療法の中、
“テープ”は除外されたのです。