旧・キリンビール本社

原宿は晴れていた。

 

路面にはくっきりと映った人々の影が、忙しそうに行き交っていた。

 

私は街に出る手前で立ち止まり、恐る恐る顔を上げてみた。

 

メガネをかけた男の人が、夏のポロシャツを着ているのが見えた。

そのとなりには“彼女”だろうか、

上着を脱いで腰に巻き、男の人に話しかけながら私の前を通り過ぎていく。

 

4月23日。

その日は日曜日であった。

 


 

なんでまた日曜日に、という私の思いは封印した。

Hさんには意図があるに違いない。

 

日曜の午後。

原宿には次から次へと人々が湧いてくる。

まさに波のような混雑に、私は乗り切れずにいた。

 

「じゃあ次のバス停までいきましょう」

Hさんは簡単に言う。

 

じゃあ、って・・・。

私はその会話がどこからつづいているのかわからなかった。

 

ま、いいか。

で、バス停ってどこだ。

 

顔を上げたのはいいものの、

首は回らなかった。

正面を向いたままだ。

よって身体ごと振り向く。

すると20メートルほど先にバス停。

だが

その道のりを歩くのは簡単ではなかった。

 

 

人混みを歩くのは初体験だった。

でもこれをクリアしないと退院後に困る。

 

「退院したらすぐに職場に復帰する」

それが目標だった。

職場は渋谷。

だからこそ混雑する“日曜の原宿”は格好のリハビリとなる。

私は勇気を出して歩き始めた。

 

先ほど上げた顔をさっそく下へ。

相変わらず視界は約1・5メートルである。

まず道路の状況を一歩ずつ把握しなくてはならない。

 

人混みはつづいている。

人は湧いてくる。

だけど私には、すれ違う人がどんな人なのかわからない。

攻撃的な人なのか、

優しそうな人なのか。

まったくわからない。

 

ただ進む。

一歩、進む。

また一歩、進む。

すると不思議なことが起こっていた。

 

私は下を向いて進む。

前から人がひっきりなしにやってくる。

後ろからもやってくる。

だけどどんなに人がやって来ようと、私とはぶつからないのだ。

 

なぜか。

 

私は“入院服”を着ていた。

入院患者が着る上下ワンセットの服。

そして左手には杖。

傍らには介護の女性。

 

その男が一歩、また一歩、ゆっくりと歩く。

通行人から見れば

「病人だ」と一発でわかる。

だから、だ。

日曜日の原宿を通行する人々は、

ちゃんとよけて歩いてくれるのだ。

(まぁ心の中でどう思っているかは知らないけれど・・・)

 

 

20メートル先のバス停に着いた。

「ちょっと休憩しましょう」

Hさんが言った。

 

バス停にはベンチがなく、

私は立ったまま休憩する。

ゆるゆると顔を上げる。

 

そのとき私は入院後、初めて原宿の“街”を見た。

 

 

入院したのは“原宿リハビリテーション病院”である。

だが私にはその病院が正確にはどこにあるのか、わからなかった。

 

 

お見舞いに来てくれた人はわかっている。

病院の場所。

当然だ。

だけど私は知らなかった。

 

 

5カ月前、救急車で“日赤病院”に運ばれた。

その場所も、

結局は未だにわからない。

さらに転院は車椅子に乗ったまま。

窓の外を楽しむ余裕はなかった。

 

唯一、理解していたのは病院の窓から見える景色。

 

私の部屋は窓際だったので

(しかもその窓が壁いっぱいとなるほど大きくて)

毎日その景色を楽しんでいた。

 

窓外には“国立代々木競技場”。

“岸記念体育会館”が間近に見えた。

さらにその奥には“NHK放送センター”。

そして窓のすぐそばには“山手線”と“埼京線”が走っていた。

その壮大な景色と、

原宿の“街”との関係性が、

じつはわからなかった。

 

 

“旧・キリンビール本社”。

それが原宿リハビリテーション病院に生まれ変わった。

その事実は看護師さんから聞いていた。

 

キリンビールの本社だったころ、

私は山手線の車中から何度もその姿を追っていた。

ずっと昔、20代のころ、

同僚だったきれいな女性が転職していった。

それがキリンビールの本社であった。

その場所に私がいる。

しかも入院患者として。

それは感慨深いものがあった。

だがそのキリンビール本社と、原宿の街が結びつかない。

 

たとえば山手線から見えたキリンビール本社。

あるいは代々木競技場とリハビリ病院。

私の知るその関係を仮に“表”とすると、

原宿の街は“裏”。

その“裏”がどのあたりにあるのか。

それをようやく確かめるときがやってきた。

果たして私は原宿のどこにいるのか・・・。

 

 

私は街を見渡した。

自分が知っているところはないか。

原宿の街に、私が知っているところ・・・

 

あった。

「ガーデンビル・・・」

 

いや私がそう呼んでるだけで、公称ではない。

1階に“アウディ”が入ったビル。

有名な美容室が入っていたビル。

何度か取材に訪れたことがある。

そのビルが、私のほぼ正面にあった。

 

あー、そうか。

ここは明治通りか。

ということは・・・。

 

私は回らない首を載せたまま身体を動かし、遠くを見る。

 

すると

“ラフォーレ原宿”。

その向かいに“東急プラザ”。

なるほど。こういう位置関係か・・・。

 

と、そのときである。

弱った脳がふと、ずいぶん昔のことを思い出した。

 

 

「私はこの街で、ライターになった」