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​脳が

どこかに・・・

​“失語症”の、恐怖

記憶力、

とくに“短期記憶”が失われていた。

 

たとえば“今日の日付”。

「平成28年11月28日」。

それが、わからない。

教わっても忘れる。

すぐに忘れる。

だから書けない。

答えられない。

 

 

焦ったか、って?

 

どうだろう。

 

当時のことはほとんど思い出せない。

 

ただ、“記録”が残っている。

リハビリの記録。

A4用紙が数百枚(!)。

 

 

救急病院(日赤医療センター)を退院するとき、

私はリハビリの先生(言語聴覚療法士)に頼み込んで、すべての“記録”をもらってきた。

 

リハビリが始まった11月26日から

退院の前日、12月19日までの24日間。

 

さらにリハビリ病院に移ってからも毎日、

A4用紙は増えていった。

それが6カ月分。

合計数百枚。

 

 

そのすべてが“記録”。

 

あいまいな“記憶”ではなく、“記録”。

 

 

その“記録”を紐解くところから、

私は“リハビリ”を始めようと思う。

 

「先生」のいない、

たった1人の『文章のリハビリ』を。

 

 

       ●

 

 

さて・・・

11月29日から12月2日までの4日間。

その“記録”は・・・しかし

ざんねんながら残っていない。

 

この4日間だけが“空白”なのだ。

 

では、何をやっていたか。

 

どうやらテストを受けていたようだ。

 

“標準失語症検査プロフィール(A)”

 

​

失語症・・・?

 

聞きなれない言葉だった。

だがその意味するところは、はっきりとわかった。

 

『失語』。

ことばを失う。

 

入院当初から、

ことばをうまく使えない自分を感じていた。

いや、うまく、ではない。

まったく。

全然。

とにかくことばが出てこないのだ。

 

今でも、失語症は私の大きな悩みだ。

周囲は「ずいぶん良くなった」と言ってくれるが、とんでもない。

本人はおおいに不満だ。

 

 

えっと・・・

 

ことばを発しようとするとき、

まず心のなかでそう思ってしまう。

 

思いはある。

だが、思ったことをことばにするのがむずかしい。

 

“ことば”ではなく、

それ以前の“かたち”。

“イメージ”。

その段階から脳のなかで消え失せている。

 

脳のなかに“ことば”がない・・・どころではない。

ことばにする“イメージ”そのものがないのだ。

 

 

言いたいことはある。

だけどそのイメージがかたちにならない。

だからことばにならない。

言いたいことはあるのに、

ことばにならない。

 

焦る。

頭のなかは真っ白になる。

それでもことばを探す。

見つからない。

さらに焦る。

“過呼吸”にも似た症状になる。

きっと血圧も上がっている。

あぁ、あぶない、あぶない・・・

 

失語症とは、イメージをことばにできないのではなかった。

イメージそのものが消え失せている脳の状態を言うのだ。

 

 

さて、テストである。

“標準失語症検査プロフィール(A)”

合計26項目の試験。

その結果がここにある。

 

0点が3項目。

1点が3項目。

その他、5点以内の項目が4。

 

散々な結果だ。

 

【写真_06】(クリックしてください)

 

たとえばモノの“呼称”が言えなかった。

これ、何だっけ。

何ていうんだっけ。

 

“動作の説明”も、

“文の復唱”も、ダメだった。

「動作」をことばにして説明できない。

さらに、いま先生が言ったことをそのまま「復唱」できない。

 

そして“まんがの説明”。

よく覚えてないが、

セリフのない4コマ(?)まんがを見て、説明をさせられる。

しかもそのまんが、

おじさんの帽子が風で飛ばされる(だったと思う)ような、単純なストーリーだ。

それを説明するだけなのに、

成績は6段階の2。

 

さらに“仮名”“漢字”の書字。“短文の書取”。

いずれも0点。

 

 

ショックだった。

 

“しゃべる”だけではなかった。

なんと“書く”ことも・・・。

 

 

“書く”・・・?

 

ライターなのに・・・?

 

 

 

後に知ることとなる。

失語症の影響は“話す”ことにとどまらない。

“書く”こともダメになる。

“読む”ことも、

“聞く”ことにも影響を与える。

さらには“計算”することも困難になるのだった。

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