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​脳が

どこかに・・・

“iPhone”が、使えない

前回の最後にこう書いた。

(少しだけ、寒気がした。)

 

ちょっと、盛った(笑)。

 

ホントはこうだ。

(少しだけ、可笑しかった。)

 

うん。こっちの方がしっくりくる。

いや(かなり、可笑しかった。)

 

だって“さかな”を“たかま”である。

思わず笑ってしまうではないか。

 

でもそれは今、思う感覚なのかも知れない。

少しだけ回復したから言えることであって、

その瞬間はどうだったか。

 

 

私が“失語症”の、

ほんとうの“恐怖”に直面したのは、

スマホのメールだった。

 

 

転院とともに解放された“私物”。

服と靴とバッグ、その他・・・。

どれもが入院中には使えないものだった。

しかし唯一、

“スマートフォン”だけは有用だった。

 

私は“iPhone”の充電を済ますと、

さっそく外への通信に取りかかった。

お世話になった(と思われる)会社の同僚に

“ライン”でメッセージを送った。

いや、送ろうとした。

ところが・・・

 

 

 

“iPhone”の送信画面には12種類の文字が出てくる。

正確にいうと10種類の文字と、2種類の記号。

 

あ か さ

た な は

ま や ら

^^    わ ?!

 

見慣れた光景だった。

私は入力を開始した。

最初は「岡です。」・・・

 

考えていたのは次のような文章だった。

「岡です。ありがとうございます。生還しました。また連絡します。」

 

これを“ライン”とメールで、何人もの人に送りたかった。

だが、最初のひとりでつまずいた。

 

 

「岡です。」

その入力が、できなかった。

 

まずは「お」。

それがどこにあるのかわからない。

 

えっと・・・

「お」はどこだっけ。

 

今はわかる。

「あ」の下だ。

「あ・い・う・え・お」の「お」だ。

だけどその日はわからない。

 

目は何度も10文字の上を走る。

「お」を探して、走る。

10文字のどこかに「お」が隠れている。

10文字のどれかが「お」を隠している。

 

わからなかった。

 

脳のなかに、

“ひらがな”が折り重なるように沈んでいる。

 

「お」は“あ行”だ。

“あ”の列だ・・・

ということがわからないのだ。

 

 

脳が、混乱していた。

 

書くことは、できるようになった。

毎日、書いていたので「お」は書けるようになった。

「お」だけでなく、名前は全部。

だけどそれは名前だからだ。

名前だから毎日書いた。

いや、書かされた。

だから書けるようになった。

だけどその他は?

 

私は“ひらがな”を全部書けるのだろうか・・・。

 

 

 

だけどその前に、今はスマホだ。

もしこのまま“iPhone”が使えないと困る。

脳のなかに沈んでいる“ひらがな”を

何とか釣り上げないといけない。

しかも

“あ行”“か行”“さ行”・・・と、系統づけて。

そうしないと“iPhone”が使えないのだ。

メールが打てないのだ。

 

私は“iPhone”の快適な機能を、呪った。

クールで、

必要最小限で、

スタイリッシュなスタイルを、呪った。

だけど呪うだけでは前に進めない。

なんとか使えるようにしなきゃ。

 

でも、どうやって・・・?

 

言語聴覚士の先生が、アドバイスをくれた。

「これ、使ってみますか」

 

渡されたのは、『五十音表』であった。

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