右半身が、動かない

“書く”ことがダメになる?

 

それはまずい。

 

しゃべることが不自由になる。

それはまだ、なんとか許せる。

(いや、ホントは許せない)

でも“書くこと”だけはダメだ。

ぜったい許せない。

だって“書くこと”は私の生業であり、

唯一のアイデンティティなのだ。

もし書けなくなったら私はどうやって生きてゆくんだ・・・。

 

そうブツブツと思ったりしている間に、

またリハビリの時間がやってくる。

 

自分の名前。

はい。漢字はオーケー。

 

【写真_07】(クリックしてください)

 

 

で、ひらがな・・・。

 

んっ。

 

最初はなんだっけ。

 

「お」だよね。

 

「お」・・・・どんな字だっけ?

 

前回は「た」が出てこなかった。

今回は「お」。

 

うーむ。出てこない。

 

そのかわり「た」は、すんなり出てきた。

つまりその日によってわからないことばが変わるのだ。

 

【写真_08】(クリックしてください)

 

 

すかさず先生は、「お」を書いて笑顔で言う。

「生年月日って、書けますか?」

 

ちょっと待ってくださいよ。

えっと。

「さんじゅう・・・さんねん・・・にがつ・・・ここのか」

書いてみると出てこなかった。

「9」が。

 

【写真_09】(クリックしてください)

 

(よく見ると「月」も「日」もグチャグチャだ)

 

 

 

数字もダメか。

 

と、ここでさらに落ち込む・・・ヒマはなかった。

 

たしかに失語症はイタい。

だけど私にはもうひとつ、

いやふたつ、イタいことがある。

右手と右足が動かないのだ。

 

 

『右半身麻痺』。

このリハビリも、失語症とほぼ同時に始まっていた。

 

失語症のリハビリを担当するのは“言語聴覚療法士”。

手のリハビリは“作業療法士”。

足は“理学療法士”。

つまり私には3人のプロがついてくれていた。

 

 

手のリハビリは、

まずどこまで動くのかを確かめることから始まった。

 

だが、私の右手はまったく動かない。

そこで左手で右手を持ち上げ、

机の上に置く。

その下にタオルを敷いて、

左手で右手を押す。

前方に向かって押して、戻す。

押して、戻す。

その繰り返し。

そこから手のリハビリは始まった。

 

 

一方、足である。

これも右手同様、

まずどこまで動くか確かめる。

最初はベッドに寝た状態で。

それがわかったら、車椅子に乗せられ

“リハビリ・センター”へ。

 

いつだったかはわからないが、

けっこう早い時期だったように思う。

そして言われるのだ。

「歩いてみましょう」と。

 

「えっ」と思う。

 

「歩いて」って。

立つこともできないのに?

「そりゃムリでしょう」

 

という私の感想は無視である。

3人のなかで唯一の男性である先生は、

ニコッとして私の身体を支え、

車椅子から降ろし、

そのすぐとなりのスペースに立たせた。

 

両側に手すりがある。

私は手すりをつかむ。

(もちろん左手だけだが)

そして恐る恐る右足を床につける。

動かない右足を・・・。

 

身体はその間ずっと先生が支えてくれていた。

 

 

かなり強引だが、まず立つこと。

それが“足”のリハビリのスタートだった。

 

 

いま思う。

この『右半身麻痺』があったおかげで、

私は『失語症』の悩みを乗り切れた。

脳の損傷のことを悩みもせず

(悩むヒマもなく)

むしろおもしろがって日々を過ごした。

 

そう。

おもしろいなぁ、と思った。

 

いやホントは焦っていた。

だけど一方で「おもしろいなあ」と。

 

あぁ、こうなるんだ。

脳に損傷を受けると、

身体全体にこんな変化があるんだ。

そうか、ここまで不自由なんだ。ふーん。

 

ま、そう考えるのは『脳』が弱っているから、なのかも知れないが・・・。