2020年12月8日

​女子のため息

 

 

「はぁ〜」

ため息が聞こえた。

 

4階のフロア。

発信元は斜め向かいに座る“女子”。

 

私はすかさずからかってみる。

 

「た・・・ため息・・・・ついちゃ・・・ダメだよ・・・」

 

やってしまった。

 

コトバを口にする、その時まで私は昔のままだ。

意識のなかでは健康な、病気以前の私である。

ただ、コトバを口にしようとした瞬間、自分が病気であることに気づく。

 

(あ、オレは失語症なんだ、コトバは出ないんだ)

 

でも、もう遅い。

最初の一語は出てしまっている。

 

「た・・・」

 

“女子”はパッとこちらを見る。

するとますます出なくなる。

 

しかし言いかけてそのままにするわけにはいかない。

「た・・・ため息・・・」

(ここまでは言えた)

 

ほんとうはこう言いたかったのだ。

 

「ため息をつくと、しあわせがひとつ、逃げていくよ」

 

昔だったら言えた。

臆面もなく言えた。

セクハラと言われようが、パワハラと言われようが、キモいと言われようが言えた。

 

しかし言えない。

なんとかハラスメントのせいではない。

失語症のせいだ。

 

「しあわせが」

「ひとつ」

「逃げていくよ」

 

むずかしかった。

構文を、脳が組み上げられない。

 

結果、「ダメだよ」と。

ま、ずいぶん簡単なところに落ち着いてしまった。

 

すこし後悔した。

 

でも、“女子”はやさしかった。

私の、つまらないコトバにもしっかり反応してくれた。

 

「年賀状、書かなきゃいけないんですよぉ」

 

そういってみずからのため息の、言い訳を試みたのだ。

 

「ほら、こんなにあるんです」

 

そう言って“女子”は年賀状の束を私の方へ向けて、見せた。

束の厚みがわかるように。

 

「もう、だんだん字がきたなくなっていくんです・・・」

 

最後は視線を落として独りごちる。

愚痴である。

ま、微笑ましい愚痴とでも言おうか。

彼女はそれをだれかに言いたかった。

言ってしまえばもうだいじょうぶ。

きっと彼女はやり遂げる。

その証拠に話してる間、“女子”はずっと笑顔だった。

 

ふと、“女子”に聞きたくなった。

「今日は何の日か知ってる?」と。

 

でも、やめた。

 

きっとコトバにはできないと思ったから。

たとえ最初の質問が通じたとしても、

「え、何の日ですか?」と逆に問われたら、ぜったいしゃべれない。

会話がつづかない。

 

そんなおそろしいこと。

しない。

できない。

だからあきらめる。

 

しかも“女子”の年齢。

入社2年目かな。

大卒の新卒だから20代前半か。

 

まぁ99%、知らないな。

 

知らないということは、説明をしなきゃいけない。

「今日」について説明をする。

そんな複雑な言語能力は、もってない。

 

かくして私の「今日は何の日」プロジェクトは幻に終わった。

 

 

でも文章なら言える。

 

12月8日。

40年前の今日、ジョン・レノンが死んだ。

1980年12月8日。

ファンに撃たれて死んだ。

 

当時、私は大学5年生。

永福町のアパートで、その事実を知った。

部屋には14インチのブラウン管テレビ。

そこに“甲斐よしひろ”が映っていた。

日本時間の12月9日夜だったと思う。

“ジョン・レノンが急死”という記事をトップに持ってきた夕刊紙。

それを彼は投げ捨てた。

やりきれない思いが伝わった。

たしかに、伝わってきた。