10年ぶりの「復活オファー」

 

 

Nさんはセイファートの営業マンである。

(前回、思わず名前を書いてしまいました。個人情報でしたね。Nさん、ゴメンナサイ。今回からはNさんで通します)

 

彼が入社してきたのは2008年。

セイファートの“新卒8期生”だった。

 

2008年ということは、『ツタブン』1期生と重なってる?

 

そこで本人に確認してみた。

すると彼は「覚えてない」と。

ただ、本人の記憶では

「2009年の8月末に岡さんから会議室に呼び出された」と。

そこで私は告げた(らしい)。

「異動」である。

入社2年目の、まだ新人といっても過言ではない若者に「異動せよ」と。

 

どこに?

 

名古屋に。

 

かくしてNさんは“東海ブランチ”に異動した。

10月1日付けである・・・

 

いや、そういうことではなくて・・・

『ツタブン』である。

 

東海に異動したということは、

東京本社で実施された『ツタブン』1期生とは重ならない。

ではなぜ知っていた?

 

「記憶があいまいですが、

東海全員でつたぶんを含む、

広告の研修したような気がします」

 

つまり私が、東海ブランチ(名古屋)に行って、研修をしていた。

いわゆる『出張ツタブン』。

 

なるほど。

 

 

というわけで、その10年後、

2018年に彼はオファーを出した。

 

「ツタブン、お願いできませんか?」

 

Nさんは東京に戻っていた。

しかも営業の“リーダー”になっていた。

リーダーということは、部下がいる。

その部下が「文章に興味がある」と言い始めた。

そのとき、Nさんはこう言った(らしい)。

 

“だったら『ツタブン』というのがあるよ”

 

その結果、私への(10年ぶりの)オファーにつながった。

 

 

ま、わかる。

理解できる。

私がもし健康ならば、即座にオッケー。

というか、大歓迎である。

しかし私は当時、退院してまだ1年。

週に2回か3回、しかもごく短時間の出社に甘んじていた。

 

(果たして私にできるのか)

 

自問自答の日々が始まった。

(なんてウソ)

 

即答した。

「いいよ」

 

しかし条件がある。

「すべてメールのやりとりで完結すること」

 

 

 

『ツタブン』は、“対面型の研修”である。

 

1 まず“課題”を出す。

 

2 受講生は“課題”に沿って文章を書く。

 

3 その文章を締め切りまでに提出する。

 

4 私が“添削”する。

 

ふつうの“書き方研修”ならそこまで。

添削した文章を、書いた本人に返して終わりだ。

 

だけど『ツタブン』にはそのあとがあった。

全受講生に集まってもらい、自分の文章を読んでもらうのだ。

ひとりずつ、読んでもらう。

他のメンバーの前で、読んでもらう。

それこそが『ツタブン』のキモだった。

 

なぜか。

 

自分が書いた文章を、自分で読む。

声に出して読む。

しかも他人の前で、読む。

すると何が起こるか。

 

まず、読んだ人は多くの場合「おかしい」と思う。

自分で書いた文章が「おかしい」と。

 

同時に聞いてる人も気づく。

「なんかおかしい」

 

たとえば、

最初に気づくのは“誤字”や“脱字”である。

 

ただ、気づかない人もいる。

(かなり、いる)

それは自分が“こう書いた(はずだ)”という思い込みがあるからだ。

 

すかさず私は“指摘”する。

周囲のメンバーも“同意”する。

 

ただ、それでも本人は気づかないことがある。

「えっ?」

「どこですか?」

 

どこまでも“思い込みの世界”を生きようとする。

だが、周囲の誰もが指摘する。

(というか、そこまでくるとみんな笑ってしまう)

 

すると本人もようやく気づくのだ。

なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう・・・

 

それほど

“自分で書いた文章”の闇(?)は深い。

“思い込み”の罪(?)は深い。

 

 

あるいは文章が“長い”こと。

そこにも気づいてほしい。

そう私は思っていた。

 

書いていると文章は長くなる。

それは宿命のようなものだ。

これも書きたい。あれも書きたい。こんなことも書いておかねば。

 

わかる。

ただ、文章は長くなる。

うまく切れないのだ。

その文章を読んでもらう。

長い文章を、読んでもらう。

すると途中で息継ぎが必要となったりするのだ。

 

すかさず私は指摘する。

「一文が長い」と。

そのうえで、“添削”した文章と比べてみる。

添削後は長い文章が短くなっている。

文章が2つ、3つと区切られている。

その“短くなった文章”も本人に読んでもらう。

多くの場合、読みやすくなっている。

その違いを体感してもらう。

 

「読みやすい」

すなわち

「人に伝わりやすい」

 

それが『ツタブン』(伝わる文章研究会)だ。

 

このように『ツタブン』は本来、“対面型の研修”であり、書いた文章をその場で“読んで”もらうことがキモ。

 

それができない。

私にはできない。

 

読んでもらっても“指摘”ができない。
的確に、タイミング良く、“指摘”ができない。

なぜなら私は“失語症”だから。

 

コトバが出ない。

出てこない。

 

そんな私がなぜ「いいよ」と言ったのか。

『ツタブン』復活のオファーに、「いいよ」と。

 

 

リハビリ、である。

 

私は考えた。

“これってもしかするとリハビリにならないだろうか”と。

 

Nさんにも、部下の方にもたいへん申し訳ない。

今だから言う。

 

『ツタブン』は、私にとって格好の「リハビリ」だった。

 

(ゴメンナサイ)

『extra』の『extra』

九州に古い友人がいる。

小学校以来の友人だ。

高校時代は野球部で、私が主将、彼は副主将だった。

その彼が、ガンになった。

昨日(7月23日)、その知らせがあった。

本人からも、メールがきた。

 

「佐賀んもんのくそ根性で癌と戦って来ます」

「決して、負けませんので心配なく」

私は返した。

「お互い、まけてたまるかっ !!!」

またひとつ、闘いが始まる。

けっして負けられない闘いが、始まる。