コロナで“ひと”が消えた

 

 

“練習”

『ツタブン』復活は“練習”の一環だった。

私にとっては“人生を懸けた”練習。

前回、そう書いた。

 

練習のつもりでNさんのオファーに「いいよ」と言った。

しかもそのとき条件をつけている。

 

「すべてのやりとりをメールで完結する」

 

つまり“対面”や“電話”でのやりとりは、ありません。

それでもいいですか、と。

 

本来、『ツタブン』は対面型の研修だ。

私と、数人の受講生が“対面”して文章を学ぶ。

文章の「おかしい」ところ、

「ひっかかる」ところはその場で指摘する。

 

しかし、今の私にはその“指摘”ができない。

リアルタイムの反応が、できない。

なぜなら“声”が出てこないのだ。

声にならない。

つまり“しゃべれない”。

 

この事態も、

私のなかでは大きな問題だった。

 

 

それまでは“脳”の問題だった。

 

たとえば右半身の麻痺は、

脳の左側が損傷したことが原因である。

 

“コトバ”もそうだ。

失語症でコトバが出てこない。

 

人に何かを伝えたい。

だけどその“イメージ”がコトバにならない。

コトバにできない。

 

現在の、私の不自由さはすべて、脳。

脳が弱っている。

脳がうまく動かなかったりする。

だから“声”も、脳に問題がある

・・・と思っていた。

 

声が出ないのも脳のせいだ、と。

 

 

“声”。

純粋に、物理的な“声”。

“コトバ”ではなく、“声”。

 

あー

いー

うー

とかいう“声”。

 

この“声”が出て、初めて人は“コトバ”を発することができる。

 

コトバがつくられる前の“イメージ”。

そのイメージを、コトバに変換する仕組み。

それができたら、こんどは声に変換。

それでようやく人に伝えることができる。

 

その“声に変換”というところでも、

目詰まりが起きている・・・

脳が弱ってるおかげで・・・?

 

 

最近、わかったことがある。

 

私の身体には、いろんな目詰まりが起きている。

 しかもそれは“脳”とはべつのところで、起きている。

 

 

 

この3年間、私は自分の“脳”と闘ってきた。

“脳出血”から3年半。

私のターゲットは“脳”。

私を支えてくださるリハビリの先生たちのターゲットも、“脳”。

つまり私たちはともに、“脳”にまつわる疾患に対処してきた。

 

いちばん大きくて目立つ“疾患”は、麻痺。

リハビリ病院のときも(理学療法士のH先生!)、退院後の訪問リハビリでも、全員が私の右半身麻痺に挑んでくれた。

 

一方、コトバの疾患は“言語聴覚士”のU先生。

彼女のおかげで私は、日常生活に復帰できた。

 

だが退院時、私は“声”にも問題を抱えていた。

声がかすれるのだ。

 

お見舞いに来てくれた方は、なんとなくわかったと思う。

私の声は小さく、か細く、かすれている。

いま振り返ると、そう思う。

だけど当時はさほど気に留めなかった。

それより退院。

自宅での生活。

私はちゃんと歩けるのか。

自宅の階段を上り下りできるのか。

買い物に行けるのか。

バスに乗れるのか。

会社まで、到達できるのか・・・

 

それらのチャレンジに比べたら、

声がかすれている、なんてことなど小さなことだった。

 

訪問リハビリもそうだった。

介護保険の適用で週3回、リハビリの先生が来てくれる。

その3回はすべて理学療法士か作業療法士の先生だった。

言語聴覚士は、介護保険のメニューには存在しなかった。

 

いや、

本当はあったのかも知れない。

だけど、

私のニーズは“右半身麻痺の改善”だった。

 

そうやって3年が過ぎた。

この間、一度も“言語聴覚士”のケアは受けていない。

そのかわり、私は会社に行くことで

“コトバ”のリハビリを代用していた。

それと、毎週金曜日『ひろの亭』に通うことで・・・(笑)

 

“代用”は、それなりに効果を上げていた。

会社でしゃべり、会議でしゃべり、ひろの亭でしゃべる。

 

だが、そのサイクルが変わった。

コロナである。

 

新型コロナウィルスは、私の生活にも影響を与えた。

まず、会社に行かなくなった。

つづいて訪問リハビリも、遠慮した。

 

私の周囲から、“ひと”が消えた。

ひとと“しゃべる”時間が、蒸発した。

 

最初はそれほど感じなかった。

しゃべらない生活。

声を出さない生活。

 

だって、もともと苦手だったから。

会議で話さなきゃいけないときなどは相当なストレスがかかった。

それが一変、“テレワーク”である。

「こりゃいいわ」と、積極的に受け入れていた部分もある。

それに・・・

これはすごく大きなことなのだが

私は“しゃべってる気になっていた”のだ。

 

 

ここでようやく『ツタブン』の話題が出てくる。

私は『ツタブン』を主宰することで、

つねにメンバーと“しゃべってる気になっていた”のだ。

 

どういうことか?

 

メンバーがそれぞれ文章を書く。

それが私の元にメールで集まる。

私はその文章を添削する。

そして添削した文章を、再びメールで各メンバーに返す。

このとき、私は“総評”を付けて返す。

そのプロセスで、私は各メンバーと“しゃべって”いるのだ。

いやそれだけじゃなく、

メンバーの文章を読んでるときも、私は“しゃべって”いた。

添削しているときも、私は“しゃべって”いる。

 

いま、『ツタブン』のメンバーは16人。

その全員と“しゃべって”いる。

感覚的にはそうだ。

 

また『研究生』なるメンバーもいる。

それは4人。

彼女たちにも課題を出し、“総評”も付ける。

 

つまり毎月20人と、メールでやりとりする。

それは忙しい。

いっつも“しゃべって”ばかりだ・・・

と、思っていた。

 

だが、それは大きな誤解だった。

“しゃべって”はいたが、それはバーチャル。

架空の世界。

じっさいに私の口は一度も開いてない。

よってリハビリには一切、なっていない。

だけど本人は今日も“しゃべった”。

あー、“しゃべった”。

 

私の“声”は、ますます小さくなっていった。

そして“コトバ”も、出にくくなっていった。

 

ちょうど3年前。

退院してきたときのように、

私の“声”は出なくなっていた。

私の“コトバ”は、3年前に戻ってしまった。

 

愕然とした。

 

これはなんとかせねば。

 

というわけで、まずリハビリの自主トレに“あるトレーニング”を加えた。

“声筋トレーニング”である。

 

ま、声を出すだけのトレーニングだが・・・

 

それからもうひとつ。

これは外部の方にお願いをした。

その方は・・・言語聴覚士ではない。

歯科医、である。

 

えっ?

歯医者さん・・・?

 

なんで・・・?

 

8月7日。

つまり今日。午後5時30分。

歯科医の予約を取っている。

 

その結果は来週、リポートします。