脳が
どこかに・・・
『明るい農村』
「はし田屋」での話である。
その日も、私は気持ちよく呑んでいた。
「岡さん」
ひとりの男性が言った。
「ぼくら結局、岡さんに教わったことがない」
となりの男性も言った。
「たまには文章、教えてくださいよ」
その日は、一緒に呑んでいた全員が“アルバイト・コピーライター”だった。
彼らは酔っていた。
私は無視を決め込んだ。
すると今度は女性が言った。
「そうですよぉ、私たちなんにも教わってない」
しょうがなく、私は言った。
「教えることなんてない」
「てゆーか文章なんて教わるもんじゃねぇ」
私はしこたま呑んでいた。
つまり酔っぱらっていた。
彼らは反発する。
「えーっ、信じられない」
「なんか教えてくださいよぉ」
再び女性が言った。
「そうですか。教えてくれないんですか。じゃ、いいです。教えてくれないんだったらもういいです。だけど書いたものがいいか悪いか。それくらいは言ってほしい。じゃないと営業さんに自信をもって提出できないじゃないですか」
なるほど・・・
それは一理ある。
私は「営業と仲良くなれ」と言った。
「仕事を持ってくるのは営業だ」と。
その営業スタッフに売り込むのは、本人。
だけど彼らは“素人”だ。
自分がプロの世界でどの位置にいるのか、わからない。
だから・・・
彼らは「自信」が持ちたいんだ。
お墨付きというか。
たとえこんな私でも彼らからみれば“プロ”。
というか、ライターの“先輩”。
その“先輩”に、「いいね」と言ってほしいのだ。
書いた文章に、「いいじゃん」と。
ただそれだけのことなんだ。
言ってくれる人はだれでもいい。
有名じゃなくても、いい。
ただ客観的に、同業者から、“先輩”から「いいじゃん」と。
その一言で彼らは“自信”を持つ。
自信さえ持てれば、あとは私たちが切り拓いていく。
そう言いたいのだ。
私はいまでもその光景を覚えている。
私のほかに4人の“アルバイト・ライター”がいた。
「はし田屋」の2階。
テーブルの上にはいくつものお皿。
そしてビールやら酎ハイなどのジョッキ。
私はひとり『明るい農村』という芋焼酎を呑んでいた。
「なんかないですか?」
「たとえばテーマを決めてなんか書くとか」
「オレらの原稿、見てくださいよ〜」
私は思わず言っていた。
「わかった、わかった、そいじゃあ・・・」
目の前のテーブルには、“やかん”が置かれていた。
芋焼酎『明るい農村』が入った小ぶりの“やかん”。
呑むときは、その“やかん”から自分でロックグラスに注ぐ。
私は言った。
「やかん」
彼らは一瞬、言葉に詰まった。
「えっ」
「やかん・・・ですか」
「え〜」
だけどすぐに立て直す。
「やかん、ですね」
「文字数はどれくらいですか」
「400字・・・」
「いや少ないな」
「じゃ800」
「うん」
「そのくらいかな」
「締め切りはいつですか」
「来週ですか」
「いや、私、ムリ」
「じゃあ再来週は」
「うん、それくらいなら」
「オッケー」
「よし、決まった」
「ちゃんと見てくださいよ」
「ちゃんと読んでくださいよ」
私はいっさい口を挟めなかった。
落ち着いたところでようやく言った。
「わかった。じゃ締め切りは再来週の月曜日。朝10時」
それが、『ツタブン』の出発点だった。