【今週のJIJI】2020.12.11 〜 12.17

 

「カキの殻」ツイート投稿者が異例の自己検証 

「指摘は真摯に受け止めたい」

毎日新聞2020年12月11日 18時58分(最終更新 12月12日 04時11分)

 

「生ガキを食べるときに殻に口をつけなければあたりにくい」

そんなツイートが拡散した。毎日新聞は「ファクトチェック」を実施。このツイートを「ミスリード」と報じた。同時に投稿者本人も、その内容を再度、公的機関(農林水産省や厚生労働省の担当部署)に取材。また投稿の経緯を自ら検証。「note」に掲載した。記事では個人の発信者がこうして自己検証をするのは異例のことだ、と言っている。

 

すばらしい。この投稿者。誤りがあったら正す。自ら正す。あっぱれ!!!

 

 

 

「フィクションってことにしませんか」で炎上 

プラットフォームメディア「cakes」 編集姿勢に批判

毎日新聞2020年12月12日 11時00分(最終更新 12月12日 11時00分)

 

もうひとつ、「note」の件。

「note」が運営するプラットフォームメディア「cakes」。ここで今年6月、「cakesクリエイターコンテスト」に入選した作品が“炎上”した。「自死」を扱うテーマのため、「つらい記憶がフラッシュバックする人もいる。モラルが問われることもある」と担当編集者から書き直しを求める連絡があり、「フィクションってことにしませんか」という提案もうけた。その経緯を著者が公開。「cakes」に対する批判が湧き上がっている。

ま、当然だ。「cakes」の編集姿勢が問われる事態だと思う。ただ、「cakes」には「cakes」の言い分がある。それはたとえば「メディアの責任」。メディアとして、アップする(掲載する)文章には責任を持たねばならない・・・。だけど編集部門はその思いが強いほど、またメディアとして評価が高まるほどに、いつのまにか「自主規制」が浸食し始める。ネットメディアもだんだんつまんなくなっていく。これは仕方ないことなのだろうか。

 

 

 

はやぶさ2・挑戦の先へ

皆で議論、自発的に動く 600人チームワーク

毎日新聞2020年12月10日 東京朝刊

 

はやぶさ2・挑戦の先へ

夢への予算、確保に苦戦 遠のく「やんちゃ」文化

毎日新聞2020年12月12日 東京朝刊

 

小惑星リュウグウへの往復探査をやり遂げた探査機「はやぶさ2」。1号機に比べれば、極めて順調。完璧ともいわれるミッション達成であったが、その裏では無数の困難に直面。そのひとつひとつを「チームワーク」で克服していった。

宇宙はおもしろい。夢がある。小学校6年生の夏。アポロ11号の月面着陸をテレビで見た。ロケット「サターン5型」や、月着陸船などを教科書やノートに書きまくっていた私は当然、理系に進むものだと思っていた。が、高校のころ、物理で4点(もちろん100点満点)をとった。これまた当然のように私大文系へと進路を変えた。でも今も、宇宙の話はおもしろい。「はやぶさ」はすごい。

 

医療的ケア児に「小1の壁」 

母親が離職の危機「障害ある子にも学童クラブを」

毎日新聞2020年12月12日 07時00分(最終更新 12月12日 07時00分)

たんの吸引など日常的に医療的なケアが必要な子ども(医療的ケア児)に「小1の壁」が立ちはだかる。小学校1年になると、ケアが可能な放課後の預け先がほとんどなく、共働きの母親が離職の岐路に立たされている。

 

 「障害児を産んだら自分のキャリアは諦めるしかないのでしょうか」

重い言葉だ。「あきらめないで」「なんとか工夫できないのかな」「なぜ社会は障害児に厳しいのか」。いろんな言葉が生まれてくる。とくに自分が障害を持って以来、こういう記事はどうしても気になる。で、結果、多くは絶望する。いや、役所はがんばっている。制度も揃ってはいる。だけど、必ず穴はある。でも社会が、みんなが、すこし変わるだけで穴は塞がる。すこしでいい。発想を変える。たとえば「ひとは効率だけで評価しないよ」と。みんなが言い始める。社員も役員も、社長も言う。それで変わる。きっと変わる。穴は塞がる。でも、いまの政府を見てると、そのトップのありように絶望する。

 

松尾貴史のちょっと違和感

「ぎっちょ」に差別的意味? 侮蔑的に扱われたことない

毎日新聞2020年12月13日 02時03分(最終更新 12月13日 03時21分)

ラジオのディスクジョッキーを始めた頃、松尾さんはディレクターから「ぎっちょは差別語だから使うな」と注意を受けたという。だが、左利き(ぎっちょ)の松尾さんは違和感を感じる。自分が何の抵抗もなく使っている言葉が差別語呼ばわりされた。それは心外ではあった。が、その番組では使わないようにしたという。

うーん。言葉狩り? でも広告の業界ではかなり厳しい。コピーライターは真っ先に教育される。それでもクレームが来ることがある。えっ? なんで? そう思うこともあるが、粛々と従う。反抗は許されない。

だが、今でもたまにラジオで、とくに昔の落語を流す番組で、こんな言葉を聞くことがある。「不適切なことばが含まれていますが、芸術性を鑑み・・・」。芸術性・・・? いや違うだろう。当時は多くの人が受け入れていたコトバだけど、いまの時代はちょっと・・・。クレームが来たらたいへんだし・・・。ましてやSNSの時代だ。どこからどんなクレームが入るかわかんない・・・。それがホンネではないのか。

差別をやめるには差別語をいくら規制してもダメだろう。もっと本質的なところに切り込まないと・・・いや、もとい。すみません。なんかかっこ良すぎる。私のような凡人は、まず差別語。そこから本質に迫らないとダメだ。なぜなら人間のなかには(私のなかにも)、差別の種が埋め込まれてる。きっと埋め込まれているんだ。その意識を、感覚を、まず自覚すること。そして、それをいかに抑え込むか。そこからすべては始まるのだろう。そのひとつの方法が差別語の禁止。うん。そうだ。・・・・・でもなんか釈然としないなぁ。もうすこし考えようっと。

 

「国はなぜファイルを隠すのか」 

妻の闘い、究明への思い強く 

森友自殺訴訟

毎日新聞2020年12月13日 15時00分(最終更新 12月13日 15時00分)

 

赤木さんの話である。赤木俊夫さん。財務省近畿財務局職員だった赤木さん。僕の雇用主は国民です、と言っていた赤木さん。それがある日、公文書の改ざんをさせられた。上司の命令で、させられた。

赤木さんは抵抗した。でも、改ざんさせられた。改ざんを強いられた。

財務省という組織は赤木さんではなく、時の総理大臣を守った。

そして今、いのちを絶った赤木さんの妻・雅子さんが裁判を起こしている。

「夫はなぜ死ななければならなかったのか」。

雅子さんの問いはシンプルである。

 

雅子さんはまず、夫の死を「公務災害」として認定した国に、そして財務省にその「報告書」を開示するよう求めた。だけど、すでに公的には提出されているはずの「報告書」は、請求から8カ月もたってようやく公開された。今年12月のことである。だが、その「報告書」には、赤木さんが改ざんをさせられた事実は書いてなかった。

「報告書」を書いた人は、どういう気持ちだったんだろう。この人も、財務省を守るために事実をねじ曲げたのだろうか。総理大臣を守るために、事実をなかったことにしたのだろうか。抵抗はしなかったのだろうか。「これは私の仕事」として周囲に、たとえば子どもたちに、胸を張って言えるのだろうか。

 

官僚になりたい人が、減っているという。

 

 

DHCが会長名で差別的文章 公式ウェブサイトに 

専門家「差別扇動、責任大きい」

毎日新聞2020年12月17日 06時30分(最終更新 12月17日 06時30分)

 

DHCの会長さん、ほんとですか。